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広島高等裁判所松江支部 昭和25年(う)18号 判決 1950年6月19日

被告人

吉岡重太郞

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

理由

弁護人田中秀次の控訴越意

(イ)点について

然しながら被告人は肩書自宅で長男重夫名義で農林省指定依託工場を経営し政府管理米麦の依託加工の業務に從事していたことは原審公判調書中被告人の供述記載によれば被告人はこれを認めていたところであるのみならず原審第二回公判調書中証人田宮正夫(鳥取食糧事務所業務部長)の供述記載によれば「実際の工場の運営は吉田重太郞がしておる」とあり檢察事務官に対する被告人の第一回供述調書記載によれば「名義は長男重夫名義ではあるが実質上私が精米精麦製粉業を経営しておる」とあり原審第四回公判調書中証人吉岡重夫の供述記載によれば「父が工場の所有者であり運営にも明るいのであるが契約当時父に事故があつて私の名義にはなつておるが実際の契約者は父である。運営の方は私は名義上だけで実際は父がしておる」とありこれ等の証拠を綜合すれば被告人の敍上自認を裏づけるに充分であるからたとえ工場経営の名義人は長男重夫であるにせよ被告人が本件管理米に対する業務上の占有者であることは疑の余地はないから弁護人の論旨は採用できない。

(ロ)点について

原審第二回公判調書中証人田宮正夫(前示)の供述記載同調書中証人中島長太郞(中島製麦製粉株式会社理事長)の供述記載を綜合すれば精米業者が政府管理米の搗精方委託を受けた場合その歩留りは平均して九十六パーセントを降るようなことはなく通常それ以上の歩留りがあるので弁護人摘示の委託搗精契約書第七條に「搗精加工に依る生産精米の歩留は原料玄米重量の九六%とする」と定められたものであり更に同第八條に「乙は其の生産した精米の全数量を甲に引渡すものとす」と規定せられた趣旨は歩留り以上の精米は決して弁護人所論のように無主物になるとか精米業者の当然の所得となるとかの意味ではなく依然として政府の所有であり從つてこれを政府に引渡すべきことを規定したものであることを窺知するに充分であるから論旨も採用できない。

(弁護人田中秀次の控訴趣意)

一、原判決は事実誤認乃至法律の適用を誤つた不法の判決である。

(イ)原判決は被告人が長男吉岡重夫の名儀で事実上自ら農林省指定依託工場を経営し政府管理米麦の依託加工の業務を運営して居る如く認定せられたけれども元來右工場は被告人がその名義で経営して來たものであつたが昭和二十一年九月二十五日鳥取地方裁判所で業務上橫領罪で懲役八月に処せられた爲め爾后該工場の経営者となる事ができなかつたので代つて長男重夫が工場経営者となつて経営したものであるが右業務が極めて小規模で家内工業的運営であるからその運営に当つては被告人を含む一家全員が経営者重夫を助けてその業務に従事し特に被告人は米麦加工について長年の経驗者である関係から運営上の意見が尊重せられた迄であつて形式的にも実質的にも重夫が経営主掌し被告人は單に其業務を手傳ふに過ぎないのである(檢察官提出司法警察員作成の被告人の供述書第七問答御参照)従つて政府管理米の加工によつて仮りに余剩米を生じたとしてもその業務上の占有者は重夫であつて一手傳人の被告人は法律上の正当な占有者ではないからこの余剩米を不正に領得してもそれは單純橫領になるは格別業務上の橫領罪を構成しない。

(ロ)原判決は昭和二十三年十一月二十八日頃から昭和二十四年二月上旬頃迄の間休電日を除き毎日五十俵位宛合計千四百俵を委托搗精を爲し之より生じた余剩米(責任歩留九六%供出後の余米)三石二斗を被告人が橫領したと認定せられたが右工場主吉岡重夫が前記依托加工について農林省鳥取食糧事務所と締結した委托搗精契約書第七条によれば搗精后にあつてもなくても全量の九六%を政府に引渡すべき義務を負担してゐるのであるがその反面に受托者は九六%を引渡せば搗精請負契約を完全に履行した事になりこの上更に履行すべき何ものをも請求せらるべき筋合ではないのであるから第八条の全量とは前条の九六%を指称するとは当然である若し九六%以上の精米を出した場合尚その全量を政府に引渡す趣旨ならば敢て七条に於て九六%に限定する必要は毫も存しないし斯くては契約上の平等性及衡平の原則に反する解釈と謂はなくてならない。

從つて九六%供出后の三石二斗は一種の無主物か乃至契約上依托工場の当然の所得と謂ふべきであるから之を被告人が領得しても犯罪を構成しない。

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